2007年02月12日

うたスキ月間1位〜06年12月

私がうたスキで1位になった曲を書いてみます。

06年12月・前編(全曲秋元康作詞)

91.125点「この空が味方なら」裕木奈江
93.521点「愛を今信じていたい」堀ちえみ△
90.299点「スペアキー」藤谷美和子◆
90.248点「冬のオペラグラス」新田恵利
90.450点「真夏の滑走路」新田恵利◆

93.909点「恋をするたびに傷つきやすく」翠玲△
92.026点「間に合うかもしれない」おニャン子クラブ
91.531点「愛の倫理社会」おニャン子クラブ
88.463点「雪は知っている」国武万里◆
91.531点「禁断のテレパシー」工藤静香◆

89.718点「パズルナイト」中村雅俊▽
89.514点「ビリージョエルは似合わない」清水宏次郎◇
90.547点「愛を巻き戻して」杉山清貴
91.536点「雪に書いたラブレター」菊池桃子▽
93.790点「1986年のマリリン」本田美奈子▼
91.536点「ノーブルレッドの瞬間」国生さゆり◆
posted by おとやしき館長 at 02:29| Comment(25) | TrackBack(1) | カラオケ(女性曲) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月03日

MECKEYのカラオケソング・21「STARS」中島美嘉

作詞・秋元 康 作曲・川口 大輔

この歌は中島美嘉の記念すべきデビューシングルとして2001年に生まれました。彼女はドラマの「傷だらけのヒロイン」で歌手デビューを夢見るヒロイン島崎未来役となり同時に主題歌も歌うという破格の扱いでデビューし、その主題歌となったのがこの歌でした。
作曲にケミストリーの名曲「君をさがしてた」を書いた川口大輔を起用したのはよかったのですが、作詞には何と秋元康を使うという恐ろしさ。

さすがにまるっきりアッキーという内容です。
この詞のすごいところは詞の中に「未来」とヒロインの名前を使い、中島美嘉本人と重なるように作っているところ!この隠された意味を見つけたときはビックリしました・・・。

(DAM精密採点93点)
posted by おとやしき館長 at 22:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 21世紀のうた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月03日

今までに歌った歌

6月3日・・・風「22歳の別れ」村下孝蔵「初恋」高橋真梨子「桃色吐息」

6月10日・・・酒井法子「碧いうさぎ(手話付き)」杏里「オリビアを聴きながら」

7月1日・・・松田聖子「赤いスイートピー」イルカ「なごり雪」

やはり楽器ができないから、1日2〜3曲が限界です。
それに声が完全に女の子してるから男の歌も難しい・・・。
posted by おとやしき館長 at 02:00| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月04日

ついに歌手デビュー

実は今月早々(極秘計画でしたので書けませんでした)市ヶ谷にあるライブハウス「CHAKU☆CHAKU」で歌手デビューしました。
何に感激したってスポットライトもあるし、プロの人が使うマイクで歌ったら「私の歌が信じられないくらい上手く聞こえた」ので夢のようでした。
何一つ楽器ができない私なので、ギター弾いてくれた人やピアノ弾いてくれた人に感謝という感じです。
posted by おとやしき館長 at 09:03| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月22日

カラオケソング20「SAKURA」いきものがかり

2006年 作詞作曲・水野 良樹

この歌はこの春発売された歌としては、珍しいくらいに毎回カラオケボックスで歌う一曲です。この歌がすごく売れてしまったのは偶然の重なりが大きく、最初は「この歌」NTTの電報のCMソングとして使われていました。それが最初は絶望的と見られていたワールドベースボールクラシックが決勝トーナメントに進出し、準決勝も勝利し、さらに決勝も・・・。この視聴率30パーセントをはるかに越えた中継のCMでこの歌が一気に有名になってしまったのです。
ただこの歌は海老名・厚木を中心にして活動していた「いきものがかり」のメジャーデビューシングルという事で、小田急電鉄も全面協力。乗客に着メロ配信も行われたり、プロモーションビデオも小田急電鉄の富水駅で撮影されました。さらに極め付けは電車もこの春に引退した9000系電車を使うという見事なこだわり。このプロモーションビデオは去年ヒットしたケツメイシの「さくら(荻原聖人・鈴木えみ主演)」に匹敵すると思います。

DAM精密採点・・・84点
posted by おとやしき館長 at 07:34| Comment(1) | TrackBack(1) | 21世紀のうた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カラオケソング19「泣いちゃいそうよ」ともさかりえ

1997年 作詞・秋元 康 作曲・上田 知華

同じ作詞作曲家による「彼女とTipOnDuo」とは正反対のスローバラード、それだけに今井美樹っぽいつくりになっています。
ともさかりえ歌手デビュー時は色々な点で驚きました、デビュー曲「エスカレーション」を聞いてこれが秋元康作詞とは気づきませんでしたから。
ちなみにこの歌は私も気に入っているのでカラオケでよく歌うけど、これを手話にしているというのは「日本唯一」ではないかと思います。早い話、元歌の作詞が秋元康だと作りやすいというのがあります・・・。

DAM精密採点・・・86点
posted by おとやしき館長 at 07:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代のうた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月21日

カラオケソング18「もう君の名前も呼べない」内海和子

1987年 作詞・秋元 康 作曲・国安わたる

これはおニャン子系ソングとしては目立たない一曲ですが好きな人達の間では人気が高く、私もグラビアアイドルの柚南みゆきさんがライブで歌っているのを見て覚えてしまいました。そのせいか私の歌いまわしは、オリジナルよりも「柚南さんの歌い方に近いような感じ」になってしまいました。
内海和子さんは子役経験もあったせいか、おニャン子としては歌唱力も高くて売れなかった割には「彼女が歌った歌の人気は高い」です。当時の歌唱力が高い歌手はくせが強く「好き嫌いが別れる人が多かった」ものの、彼女の歌は自然な感じがしていたところが好感が持てました。
この歌は松本隆が太田裕美の「木綿のハンカチーフ」で最初に始めて、秋元康が菊池桃子の「青春のいじわる」以降に発展させた「僕君型の詞」の本領発揮というような感じです。

DAM精密採点・・・88点
posted by おとやしき館長 at 15:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 80年代の歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カラオケソング17「碧いうさぎ」酒井法子

1995年 作詞・牧穂 エミ 作曲・織田 哲郎

この歌は織田哲郎作曲によるドラマ星の金貨主題歌でしたが、普通ではない「ある仕掛け」によって有名になりました。その仕掛けというのが「スタンドマイクを使っての手話」で、これは彼女が継続出演した続・星の金貨主題歌の「鏡のドレス」でも使われました。
このため「学校の歌」が中心であった手話歌の世界が広がることとなり、今の手話歌の礎となったような感じです。そのため「この歌なしには私も存在していない」と言えるでしょう。ただ手話を知った時期が遅いので「この歌のオリジナル」は知らずに、私がこの歌を歌うときは「自分のオリジナル」でやっています。

DAM精密採点・・・89点
posted by おとやしき館長 at 10:52| Comment(6) | TrackBack(0) | 90年代のうた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カラオケソング16「マリーナの夏」渡辺満里奈

1987年 作詞・秋元 康 作曲・岸 正之

このタイトルを最初聞いたとき仰天しました。
いくら秋元康でもこんなに「シンプルかつストレートなタイトル」はないだろと・・・。それほどにまで渡辺満里奈とマリーナは合いすぎていたのです
詞の世界はというとまるっきり菊池桃子・・・秋元康と菊池桃子は5曲で終わってしまったので、その続きの世界が秋元康と渡辺満里奈の3曲にはありました。
そのため菊池桃子ファンの私にはすぐに受け入れられました、それだけに秋元康・菊池桃子のコンビがずっと続いていたら「松本隆・松田聖子並の歴史的コンビ」になったと思います。

DAM精密採点・・・88点
posted by おとやしき館長 at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 80年代の歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月20日

カラオケソング15「雨のプラネタリウム」原田知世

1986年 作詞・秋元 康 作曲・後藤 次利

おニャン子全盛期において、この歌を最初聞いたとき「こんな豪華な歌があったのか」というくらいの力の入った作りに仰天しました。原田知世さんの歌は来生姉弟・松任谷由実さん(呉田軽穂でないところがスゴイ)・康珍化さん・林哲司さん・中崎英也さんとトップクラスの人ばかりが書いていたので、この歌も「それに匹敵するくらいの超大物」が書いてるのかと思ったら見事に裏切られました・・・。

実は「雨のプラネタリウム」は、最初は「他の歌手のために用意した一曲」でした。このタイプのタイトルはアッキー&ゴッキーならぱ、いくらでもありますので使いまわしは可能なんですが・・・。本当はおニャン子クラブのS・Kさん(このイニシャルでは二人いますが・・・)のために作られたものでした。しかしながら秋元康が書いた詞の語尾が「る」で終わる所が多すぎるとして、お蔵入りしてしまったのでした。ただしその翌年に出た「哀愁のカルナバル」もひっかかると思うんですが・・・。

DAM精密採点・・・94点
posted by おとやしき館長 at 21:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 80年代の歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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